オレ流。


by Mazzan_tini

<   2005年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 ギャンブル小説シリーズ最後を飾るのはこの作品。
 青森という土地は、過去に二人の天才文人を世に送り出している。一人は太宰治、もう一人が寺山修司である。二人に共通しているのが、ともに卓越した言葉の使い手でありながらそれを巧みに娯楽へと転換させた点だろう。芸術性と娯楽性を両方備えた文章は誰にでも書けるものではない。稀有な才能と言ってよいだろう。
 寺山は、『馬敗れて草原あり』で提示した「馬券を買うということは、すなわち己を買うという行為である」とのテーゼを、本書においてよりこなれたものにして発表している。そうだよなぁ、馬券とは哲学だよなぁと真に思う。人気馬を買う者、穴馬を買う者。血統で買う者、馬体で買う者、調教で買う者。逃げ馬が好きな者、追い込みが好きな者。芦毛が好きな者、牝馬を好きな者。単勝ばかり買う者、3連単ばかり買う者。
 それら全ての競馬に関る要素をバランスよく織り込んで、冷徹に馬券を買える者など一握りしか存在しない。大方は何らかの要素を切り捨て、何らかの要素にシフトすることになる。そのシフトこそが、彼や彼女にとっての馬券哲学なのだろう。
 小説を私小説のように書くスタイルも太宰と似ている。「私」とともに酒場に集まる競馬ファンの哀しくも熱い心情を、ハイセイコーが走った70年代という時代風景を匂い立たせて秀逸に描く。流行りの歌謡曲の歌詞が挿し入れられているのも、純然たる芸術志向の作家にはなかなか出来ない手法かもしれない。
 賭博とは、勝った負けたの結果だけでは味わえないカタルシスを多分に含んでいる。ひとつひとつの勝負に至るプロセス、そこにそれぞれの哲学が込められている。そしてその哲学の先には、必ず勝敗という結果が待っている。賭博、とりわけ競馬のそうした側面に、寺山が人生の縮図を感じたとしても決して不思議なことではないだろう。
[PR]
by Mazzan_tini | 2005-08-15 18:55 | 書評
 ひさしぶりにギャンブル小説第三弾。
 果たして賭博と女は両立するのかというのは賭博師にとっては永遠のテーマだが、私はどうなんだろうとふと思う。
 一応いまのところはなんとか両立しているようにも思えるが、それは女がまだ若いせいだろう。彼女がもう少し年を重ねて家庭を持つことを志向するようになれば、我々の関係はたちどころに破綻を迎えるはずだ。おそらく彼女は、彼女と、産まれてくるかもしれない子供のために、安定した生活を望むようになるだろう。
 そもそも、賭博と堅気の仕事というものは両立しうるのだろうか。もちろん、二つを並行して行なうことは可能だ。しかし、仕事で得た報酬を一瞬のうちに失うようであればそれは両立とは到底言えず、また、負けても痛くも痒くもない少額を賭けるとすれば、それはもはや賭博とは言えないのではないだろうか。
 私にとって競馬は、幸いなことにまだ賭博の範疇には入っていない。が、競馬というものに収入の何某かを期待している現状は、馬券が次第に賭博に染まっていきそうな危険な兆候を示している。私の生活の中心は競馬であり、それに添うか添わぬかで仕事を選んでいる今の宙ぶらりんの状態は、既に賭博の世界に足を一歩踏み入れかけているということなのかもしれない。
 賭博師たちが皆、一つの勝負に己の人生を賭け、大きな成功を掴むか、あるいは破滅していくような人生に憧れているかというと決してそんなことはないだろう。むしろ彼らの大半は、金などというものは生きていく上で必要な何某かの額さえあればよいと思っており、妻と子を持ち、慎ましくも幸福な人生を送りたいと切に願っているはずだ。しかし、賭博に魅了されてしまった者が、賭博の存在しない生活を送ることはほぼ不可能に近く、仮にそれを為しえたとして、その人生にある種の「空しさ」がつきまとうことは避けられない。そう、賭博のない人生において味わえる幸福など、所詮は「慰め」にしか過ぎないのだから。
[PR]
by Mazzan_tini | 2005-08-13 03:33 | 書評

名電の敗退は頭脳の差

 さて、私が本命を打った柳川が早速散りましたが、いや、対戦相手の藤代の湯本五十六は良いピッチャーでした。その時点では湯本が今大会NO.1投手だと思いましたが、清峰の古川も負けず劣らずの好投手。いまのところこの二枚が双璧という印象です。

 その清峰。やってくれましたね。春の覇者名電を破る大金星。もっとも、名電は私は「消」にしていましたのでどこかで負けるだろうとは思ってましたが、緒戦でしたか。しかしその敗れ去り方がなんとも私の予想通り過ぎてもうアホかと。夏の大会ではやっぱりバント野球は通用しなかった。その通用しないバントに最後の最後まで固執しての敗戦。清峰は実力のある素晴らしいチームでしたが、名電は実力以前に、野球に対する考え方で敗れたような気がします。
 名電のバント野球というのは要するに相手のミス待ち野球なわけで、相手にミスが出なければほとんど効果がない作戦です。私が春しか通用しない野球だと言ったのはそういうことで、どのチームも熟成され、大幅に守備力が向上する夏の大会でこの作戦を採るのははっきり言って間違いです。少なくとも、春と同じだけの効果を期待するのは相手を舐めているとしか言いようがありません。実際、清峰内野陣はよく鍛えられていて13回をノーエラー。名電の揺さぶりは全く通用しませんでした。
 その上、清峰は名電をよく研究していました。ランナー無しでも二死でもバントをしてくる名電に対して徹底的なバントシフトを敷き、完全にこれを防いでいました。ファーストとサードの猛ダッシュには、お前ら二人とも駒田かと。また、バント処理で投手が疲弊することのないように、バントはほとんどこの二人で処理していました。サードが出てこれない状況で三塁線にバントされたときに、ファーストが凄い突進でこれを処理したのには驚き感心しました。一方で、前進してきたサードの前に馬鹿のひとつ覚えのようにバントをしてアウトを献上し続ける名電といったらもう、お前ら学習能力はあるのですかと。
 リリーフで出てきた十亀の打力が低いのにも関らず五番に入れた采配も珍采配でした。堂上という大会屈指の強打者のすぐ後ろに打てない打者を置く。この構図は、松井が全打席敬遠されて次打者月岩が全く打てずに敗れ去った星陵を思い出しました。この後二打席の堂上はいずれも一塁が埋まっているケースで打席に立ったために敬遠こそありませんでしたが、堂上がチャンスを広げた二度の二死一、三塁のサヨナラ機に十亀は通用しないセーフティバントを連発。自らむざむざチャンスを潰しました。堂上の後ろに信頼できる打者を置いていれば、また展開も違ったことでしょう。
 両者の実力は拮抗していたと思います。堂上の打撃は噂に違わぬ素晴らしいものでしたし、名電は守備もよく鍛えられていました。しかし、相手をよく研究していた清峰と、研究が足りない上に見透かされている戦法に固執した名電。この差は、当たり前のように結果に結びついたわけです。名電は敗れるべくして敗れたといってよいでしょう。
 勝負がついた十三回の表に、明暗を分ける実に皮肉なプレーがありました。無死一塁からの清峰は送りバントをし、この処理を焦った十亀が二塁へ悪送球、一、二塁オールセーフとなり、このとき残った二塁ランナーが決勝のホームを踏んだのです。呆れるほどにバントに固執した名電は、バント処理のミスから甲子園を去ることになりました。
[PR]
by Mazzan_tini | 2005-08-10 04:28 | 徒然コラム

高校野球優勝予想

明徳やらかしましたね。どうやら内部告発らしいですが、学校を通さずにいきなり高野連にリーク、それも甲子園入りした後というのが何とも悪質で嫌な感じがします。元の原因は明徳にあるのは間違いないですが、無関係の生徒まで巻き添えにして、告発者は今頃してやったりってな感じなんですかね。大統領選のネガティブキャンペーンじゃないんだからさぁ。今後不祥事のリーク合戦などにならないことを希望します。

◎柳川
 今大会もっとも投打のバランスが取れたチーム。厳しいブロックに入ったのも優勝を狙う上では逆に好都合。エースがフレッシュなうちに強豪を潰せるチャンス。

○高知
 今夏の大会で敗戦を経験している出場校はここだけ。一度死んだチームは強い。調整不足で臨む初戦を突破できれば一気に頂点まで。

▲日大三
 やはり初戦の高知戦が鍵。実力では最右翼も、地区大会で競った試合を経験していないのが不安材料。

消・大阪桐蔭
 辻内の制球力に不安あり。競った試合に四球連発はNG。全試合打棒爆発なら強そうだが、甲子園はそこまで甘くないだろう。

消・愛工大名電
 バント野球が通用するのは相手守備が弱い選抜だけ。無意味なバント連発で自滅の恐れ。こちらも斎賀の制球に不安。

消・駒大苫小牧
 連覇するほど抜けた力は無し。プレッシャーに沈む。

消・済美
 異常な勝負強さは恐怖だが、昨年から投げ通しになる福井の蓄積疲労が懸念材料。決勝までは持たないとみる。

注・清峰
 初出場で優勝できるほど夏の大会は甘くはないが、万年地区予選初戦コールド負けから3年で甲子園出場したシンデレラストーリーが面白い。
[PR]
by Mazzan_tini | 2005-08-06 02:45 | 徒然コラム