オレ流。


by Mazzan_tini

佐藤正午 『きみは誤解している』 (集英社文庫) ★★★

 ひさしぶりにギャンブル小説第三弾。
 果たして賭博と女は両立するのかというのは賭博師にとっては永遠のテーマだが、私はどうなんだろうとふと思う。
 一応いまのところはなんとか両立しているようにも思えるが、それは女がまだ若いせいだろう。彼女がもう少し年を重ねて家庭を持つことを志向するようになれば、我々の関係はたちどころに破綻を迎えるはずだ。おそらく彼女は、彼女と、産まれてくるかもしれない子供のために、安定した生活を望むようになるだろう。
 そもそも、賭博と堅気の仕事というものは両立しうるのだろうか。もちろん、二つを並行して行なうことは可能だ。しかし、仕事で得た報酬を一瞬のうちに失うようであればそれは両立とは到底言えず、また、負けても痛くも痒くもない少額を賭けるとすれば、それはもはや賭博とは言えないのではないだろうか。
 私にとって競馬は、幸いなことにまだ賭博の範疇には入っていない。が、競馬というものに収入の何某かを期待している現状は、馬券が次第に賭博に染まっていきそうな危険な兆候を示している。私の生活の中心は競馬であり、それに添うか添わぬかで仕事を選んでいる今の宙ぶらりんの状態は、既に賭博の世界に足を一歩踏み入れかけているということなのかもしれない。
 賭博師たちが皆、一つの勝負に己の人生を賭け、大きな成功を掴むか、あるいは破滅していくような人生に憧れているかというと決してそんなことはないだろう。むしろ彼らの大半は、金などというものは生きていく上で必要な何某かの額さえあればよいと思っており、妻と子を持ち、慎ましくも幸福な人生を送りたいと切に願っているはずだ。しかし、賭博に魅了されてしまった者が、賭博の存在しない生活を送ることはほぼ不可能に近く、仮にそれを為しえたとして、その人生にある種の「空しさ」がつきまとうことは避けられない。そう、賭博のない人生において味わえる幸福など、所詮は「慰め」にしか過ぎないのだから。
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by Mazzan_tini | 2005-08-13 03:33 | 書評